それでも僕は好きなんだ
みなさんこんにちは。
大阪教育大学大学祭実行委員会副委員長のジャングルです。
みなさんには、好きなものはありますか?
私はあります。
ひとえに好きなものといっても、その在り方は非常に多様です。
趣味であったり特技であったり、あるいは推しであったり…
好きという言葉一つで表すことのできる範囲とはとても広いのです。
さて、私にも当然好きなものがあります。
カラオケやボードゲームなど、様々なものがありますが、今回はその中から一つ、コーヒーについて話をさせていただきます。
皆さん、「コーヒー」というものはご存じでしょうか?
そう。黒くて苦みのある独特な味わいのあの飲み物のことです。
初めて飲んだのは中学生のころ。それまでは三ツ矢サイダーのような炭酸飲料を好んで飲んでいた私にとっては衝撃的な味わいでした。
苦い。ここまで苦いのか。
我が家ではコーヒーにミルクや砂糖を入れるという文化は存在しなかったために、私は人生で初めて体験する苦みのある飲み物を味わいを変化させることなく飲み干す羽目になりました。
あの時感じた気持ちは、まさにある一種の恐怖といって差し支えなかったと感じています。
それから数年経過し、あの時感じた恐怖心というものが薄れてきたころ。高校2年の冬くらい。
私は再びコーヒーに手を伸ばしました。
コーヒーを作成する時間から口にそれを運び込むその瞬間まで、私の中ではあの日感じた恐怖がほんのりと渦巻いていました。
心の中に渦巻く恐怖と向き合いながらも、今ならおいしく飲めるのではないかという自信もわずかにではありますが私の中で芽生え始めていました。
そんな正負両方の感情とともに完成したコーヒー。それに対して私は感じました。
案外飲めるじゃん…!!!
飲めたんですよ。意外と。まあ確かに苦いと言えば苦いけどそこまで苦しいものではなかった。
私は超越したのです。過去に感じた恐怖心を。
コーヒーを飲み切ることができた瞬間、私は「成った」といえるでしょう。
私は立ったのです。コーヒーを飲める側に。
コーヒーを飲める側に至った快感は一つの大きな推進力となり、私の人生をまだ見ぬ未知の領域へと押し進めていったのです。
そうして人生を次の領域へと勧めてくれたコーヒーのことを、私は好んで飲むようになりました。
これが私とコーヒーがめぐり逢い、私の好きなものに加わるまでの出来事です。
そうして数奇な運命の下で出会い、惹かれ合った私とコーヒーは今でも良好な関係を築き続けています。
そんな私ですが、正直なところコーヒーのことはあまりよくわかっていません。
私がコーヒーについて知っていることといえばブラジルが生産量一位であることくらいです。
これを聞いて思う人もいるでしょう。私も少し思ったことがあります。
何も知らないのにコーヒーを好きなんて言っていいの?
様々な情報をいともたやすく手に入れることができるようになってしまった現代において、好きなものについてはある程度知識があるのが当然かのような風潮が広まっています。
コーヒーに対する造詣が深く、コーヒーを愛している方からすれば私にコーヒーを好きだという資格などないと思うのかもしれません。
でも、それでも。私はコーヒーが好きなのです。
メーカーごとになんかちょっと味わいが違うけど共通して苦く、豆ごとに違いはあるけど好きな味わいとかは正直よくわからないコーヒーのことが私は好きなのです。
何かを好きだというときに必要なのは、それに対する理解ではなく、それを好きであるという自分の中にある確固たる信念であると私は思っています。
何を知っているのかでなく、何が好きなのかで好きなものを語ろう。
以上。ジャングルでした